【西武FA戦略】古巣ハムへ心苦しさも…石井一成「違う自分が見つかるのかな」/下編

過去に21選手がFA宣言でチームを去って行った西武に、一気に2人の「FA戦士」が加わりました。間もなくシーズンも開幕。2人はなぜ西武移籍を選んだのか―。全3回でお届けします。日本ハムから加わった石井一成内野手(31)の場合は―。

プロ野球

◆石井一成(いしい・かずなり)1994年(平6)5月6日生まれ、栃木県出身。作新学院では2年夏から3季連続甲子園出場。早大では1年春から試合に出場し、東京6大学通算80試合、68安打、打率2割8分7厘、6本塁打、33打点、10盗塁。16年ドラフト2位で日本ハム入団。17年3月31日西武戦(札幌ドーム)でプロ初出場。通算743試合、434安打、打率2割2分3厘、28本塁打、156打点、33盗塁。今季推定年俸4000万円。182センチ、86キロ。右投げ左打ち。

25年12月26日、西武入団会見で広池球団本部長からユニホームを着せてもらう

25年12月26日、西武入団会見で広池球団本部長からユニホームを着せてもらう

広池本部長発表に西武担当記者一同ぼうぜん

11月25日夕方。広池本部長の「桑原将志選手と契約合意しました」の発表に、私を含む西武担当記者たちはぼうぜんとした。

その数時間前、広池本部長の囲み取材が設定されると知らされた。「石井一成選手と契約合意しました」だと誰もが思っていた。

結局、石井の合意が発表されたのが12月5日。FA宣言自体が11月7日だったため、契約合意まで約1カ月がかかっている。

この期間に何が―。石井が振り返る。

25年11月、日本ハムのイベントでファンとハイタッチ。当初は「ファイターズに残りたかった」と述懐

25年11月、日本ハムのイベントでファンとハイタッチ。当初は「ファイターズに残りたかった」と述懐

「最初はファイターズに残りたかったです」

「権利行使の(表明できる)期間が短すぎたので。(シーズン終わってから)10日くらいしかなくて。行使してから、ゆっくり交渉したい思いはあったので。その時はファイターズだけでしたね」

西武が興味、といううわさもあった。ただ。「最初はファイターズに残りたかったです」とはっきり言う。公示後、西武からのアクションを受けて熟考に入った。

そもそもなぜ、西武は自分を必要としているのか。同一リーグ。滝沢―源田の二遊間が固まりつつあるのも知っている。そして自己評価がそこまで高いタイプの性格ではない。

「自分のことを欲しいと言ってくれているのが信じられなくて。規定打席にも立ってないですし、1年間ずっと試合に出られてたわけじゃないので。そんな中で声掛けていただいて。どんな交渉なんだろうと」

桑原は交渉前は最終的に「緊張しなかった」と言った。石井ははっきり「緊張しましたね」と言う。

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1980年11月、神奈川県座間市出身。法大卒、2003年入社。
震災後の2012年に「自転車日本一周」企画に挑戦し、結局は東日本一周でゴール。ごく局地的ながら経済効果をもたらした。
2019年にアマ野球担当記者として大船渡・佐々木朗希投手を総移動距離2.5万キロにわたり密着。ご縁あってか2020年から千葉ロッテ担当に。2023年から埼玉西武担当。
日本の全ての景色を目にするのが夢。22年9月時点で全国市区町村到達率97.2%、ならびに同2度以上到達率48.2%で、たまに「るるぶ金子」と呼ばれたりも。