【だいぶ大人に】「スタメンで100試合」正捕手へ日本ハム田宮裕涼の現在地+取材メモ

26年最初の田村藤夫氏(66)のプレミアムリポートは、今年で高卒8年目を迎える日本ハム田宮裕涼捕手(25=成田)へのインタビューです。昨年12月のオフに鎌ケ谷で行いました。一昨年の10月末に右肘のクリーニング手術を受け、昨季は春季キャンプを通して順調に回復し、開幕戦ではスタメンマスクをかぶりました。ですが、打撃不振で2軍落ちを経験。公式戦は79試合出場で100試合の大台に届きませんでした。打率2割5分3厘、5本塁打、21打点の成績でした。シーズンを振り返りつつ、田村氏は田宮が率直に感じている胸の内に迫ります。「田村藤夫の取材メモ」と合わせてお届けします。

プロ野球




◆田宮裕涼(たみや・ゆあ)2000年(平12)6月13日、千葉・山武市生まれ。成田から18年ドラフト6位で日本ハム入り。20年9月27日オリックス戦(京セラドーム大阪)でプロ初出場、初安打。23年9月25日楽天戦(エスコンフィールド)でプロ初本塁打、初打点をマークした。プロ通算219試合、160安打、打率2割6分3厘、10本塁打、60打点、15盗塁。175センチ、84キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸5000万円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272


■「CSで本当にすごい経験を」


田村久しぶり。シーズンお疲れさまでした。


田宮こんにちは。お疲れさまです。よろしくお願いします。


田村今年もいろいろあったけど、総括してどんなシーズンでしたか?


田宮はい、やっぱりCSで本当にすごい経験をさせてもらいました。それが大きかったです。


田村本当だね。ソフトバンクとのファイナルステージは、しびれるような展開だった。


田宮はい。ああいう経験を、緊張感の中、それも試合を通して体験することができました。これを26年シーズンに生かしたいです。


田村ペナントでもソフトバンクとは互角の戦いをしてきて、最後の大詰めで息詰まる試合をして、本当に大きい経験だね。


田宮はい。


田村まだ、来季(26年シーズン)も戦いがあるから、細かいことは言えないだろうけど…。


田宮そうですね。参考にできる部分はいろいろありましたから、シーズンに生かしたいです。


25年6月、試合前の練習に臨む伏見(左)と田宮

25年6月、試合前の練習に臨む伏見(左)と田宮

■「成長しているところをお見せしたい」


田村そのほかではどんなことが心に残ったかな。


田宮はい、寅威(伏見)さんが移籍することは大きかったです。


田村ああ、そうだね、そこはチームとしても田宮としてもかなり大きな影響があるね。


伏見選手の阪神移籍―。田宮選手はどのように驚きのニュースを聞いたのか、それを含め田村氏に対し、丁寧に語ってくれました。どうぞ、最後までご覧ください。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。