【阪神連覇】藤川監督「あの時点で勝負でした。配置転換した時に…」工藤の守護神抜てきは“賭け”だった

[ 2026年10月3日 22:17 ]

セ・リーグ   阪神4─6広島 ( 2026年10月3日    マツダスタジアム )

<阪神優勝会見>会見で笑顔を見せる藤川監督(撮影・北條 貴史)
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 阪神が2リーグ制以降では初の連覇を達成した。マジック1で迎えた広島戦に4―6で敗戦もナイターで2位・巨人が敗れたため、優勝が決まった。広島戦後、チームは宿舎に戻って巨人戦を観戦。テレビの前でナインは優勝の瞬間を迎えた。藤川監督は「苦しかったですね」と言葉を詰まらせて号泣。一番の思い出として「選手を守れたこと」と絞り出した。以下は指揮官との一問一答。

 ――率直にいまの気持ちは。
「いや苦しかったですね」

 ――球団初のセ・リーグ連覇で大変な部分も多かった。
「苦しかった…。よかったです」

 ――いま一番の思いは。
「(約20秒、言葉に詰まる)難しいですね。まずは…。ちょっと待って。選手たちを守れたことです」

 ――去年の優勝とはだいぶ感情は違う。
「やろうとしたことは同じだったんですよ。成績を残してる選手がどんどん成績が伸びるように。自分も現役の時に成績を残してたんですけど、どうしても最後重責を背負って、それが苦しくてやぶれ去ってったっていうことがあったので、成績を出してる選手が苦しまないようにっていうところで、とにかくその選手たちの責任をこちらが引き取ってあげて、選手たちが笑顔で成績が向上するにはというこのタイガースの宿命を自分も背負った時に非常に苦しかった。ハイパフォーマンスの選手が苦しんだことがあったので、とにかくその選手たちを守るというところが1番それをしたら必ず抜けるんじゃないかとは思ってました」

 ――多くの選手が成績残した 。
「昨年から同様でしたけどそれが試される1年になると思ってました。連続で成績を残すっていう難しさはもちろんわかってましたけど、自分は残してきた立場だったので、その選手たちを守れば、さらにその選手たちが成長して成績が伸びるというところを信じてやりました。それが身を結んだこと。それから、タイガースファンの方々が甲子園球場に来た時に、監督の私ではなく選手たちを見に球場に来るということがすごく美しかったです。それが1番嬉しいです」

 ――木下や工藤や高寺など台頭した1年。
「高橋も含めてですね。伸びていこうとする選手のストッパーになるものを全て塞いでいくと。それが自分の役割だと思ってやりましたので。球団を含めて、ファンの方含めて守り抜くというのが自分の宿命だと思ったので。それが守り切れたからこそ。度々ね、自分を痛めることはありましたけどね。自分の心や体や地位とか名誉とかいうものを捨ててですね。とにかく責任を背負って、みんなの心を軽くしたいという一心でやりました。それが実を結んだと思います」

 ――7月に工藤を抑えに。これが機能したことが一つの転機となった。
「いや、間に合うかどうか。あの時点で勝負でした。あそこでクローザーと。オールスターの時ですか。あそこで配置転換をした時に差し切れるのかどうか、それとも、それとも遅かったってなるのかどうかは、もう紙一重の勝負でしたから。間に合ったなというところでは」

 ――監督の中にも絶対いけるっていうほどの自信はなかった。
「いや、自分の経験値からしていけると思いました。半シーズンであれば、抑えだったりセットアップっていうのはそこまで苦にならずに脂が乗っていけるところなんですけど。年間通してやるとか、春からやるっていうのまた違うんですけど、自分も2004年に半分のシーズンをセットアッパーを務めて、久保田が抑えを務めてっていう、岡田顧問の時にそういうきっかけがありましたので、この半分は選手たちにとっては水を得た魚のようになるというのは僕も経験値でありましたので、それを経験のもとでやりました。もちろん経験してなかったら何1つできてなかったと思います。感謝したいですね、先輩方に」

 ――工藤にクローザー。
 「勝負です。こちらも勝負です。相手を差し切るために、相手チームを追いやるためには何かもう1手打たなければというところでやりました」

 ――賭けに近いか。
「勝負というのは常にかけですから。成功すれば選手のものだし、失敗すれば私の責任だしというところは常に。采配のことというのは、どの球団の監督さんもいろいろと思うところがあるでしょうから、それは挑戦した結果ですから、全球団の中でみんながやってることだと思いますから。勝負の1手はあのあたりではありましたね」
 
 ――偉業を伝えたい人。
「もう恩返しの役割でこの監督業を引き受けましたので。自分がどうなりたいとかではなくて、タイガースでお世話になってタイガースのファンに育てられた。もちろん、タイガースのメディア、ファンの方々に支えられて、監督業をするにあたって、自分がどれだけ、最初の1年、2年をどう思われても恩返ししなければ。恩返しというのは勝ちを届ける、選手たちを苦労させない、首脳陣で精いっぱいなやんで苦しんで、選手たちを飛躍させながらファンの方に夢とか希望をもってもらえるように挑戦しましたが、最高の結果になりました。やっていたことが間違いでではなかったと証明できました」

 阪神の優勝は通算12度目(1リーグ4度、セ・リーグ8度)。2年連続制覇は1リーグ時代の37年秋、38年春以来88年ぶり2度目でセ・リーグ連覇は球団史上初となった。

 藤川監督は就任1年目の25年からリーグ連覇。初の監督就任からの連覇は36年秋、37年春の藤本定義監督(巨人)、86年~88年3連覇の森祇晶監督(西武)、21、22年の中嶋聡監督(オリックス)、24年~26年3連覇小久保裕紀監督(ソフトバンク)に続く5人目。セ・リーグ監督、投手出身では初めて。

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