野球に限らず、スポーツの大会は、政治や社会と分離して行われるべきだと、建前としては思う。

しかし、WBCが国別対抗戦である以上、現実はそうもいかない。第6回WBCは、ベネズエラ代表が米フロリダ州マイアミのローンデポパークで米国代表を下し、初優勝した。前日まで「政治的なこと? その質問には答えない」としていたオマー・ロペス監督は「国全体が試合を見るためにくぎ付けになり、私たちは政治的立場やイデオロギーに関係なく団結して、より良い時代をこの国にもたらすだろう」と話した。どうしても「政治」に触れざるをえなかった。

ベネズエラのマドゥロ大統領夫妻は、米国によってニューヨークで拘束中だ。決勝を戦うチームの大統領を、もう一方のチームが、自国へ連れてきて拘束している。そんな異常な政治情勢の中で、ベネズエラの代表チームが多くの国民に喜びをもたらしたことだけは、間違いない。勝ち越し打のスアレスは「これはベネズエラという国全体のための祝福だ」と語り、デルシー・ロドリゲス暫定大統領は、優勝翌日の3月18日を「国民の祝日」としたほどだ。

ローンデポパークは米国内の球場でありながら、ベネズエラからの移民が25万人以上もいるマイアミ都市圏だけに、出身国を応援するファンの方が多いほどだった。だが、米国にいるファンの思いは、ひとまとめにはできない。

AP通信は、ベネズエラ系米国人の、あるファンを紹介した。ベネズエラのユニホームと帽子を身に付けながら、肩から胸に米国国旗をまとうクエルタ氏。「私はベネズエラで生まれた。この国は私に来る機会、そして市民になる機会を与えてくれた。私は両方の国に感謝している。この国が私の持つ全てを与えてくれた。だから、私は両方の国を誇りに思う」。ベネズエラ出身の移民は、米国への感謝を口にする人が少なくない。

ベネズエラは1999年のチャベス大統領就任以来、反米左派政権が誕生した。原油は世界1位の埋蔵量という国だが、米国などの経済制裁もあり、国民の生活は困窮。人口が約2700万人の国で、これまでに約780万人が近隣諸国に流出している。大統領選挙の結果に外国から疑義が呈されるなど、政治腐敗も指摘されている。

首都カラカスでは数千人の市民が「青年広場」に集まり、WBCの優勝を祝った。AP通信は現地高校生の「アメリカは超大国であり、その彼らに勝ったという事実が、ベネズエラをとても誇らしく思わせる」というコメントを紹介した。19年に在ベネズエラの米国大使館は閉鎖されている。国外に移住できない人々にとっては、米国を下しての優勝は、留飲を下げる出来事になった。

ベネズエラのチームをけん引したのが、主将のサルバドール・ペレス捕手だ。「彼らはここに、我々の心の中で共にいた」と、ベネズエラ国内から声援を送ったファンについて語った。「ワールドシリーズは皆さんご存じの通りメジャーリーグで最も重要な大会の1つだが、国のために戦う時は、それを超えるものがある。感情、生まれ育った国、両親の犠牲、我々を支えてくれた人々--だからこそ、これは私にとってもベネズエラにとっても大きな意味がある」と話した。

日本戦での先頭打者本塁打など活躍したロナルド・アクーニャ外野手は「ただ自分の国の人々を誇らしくさせたかった。それを今日やり遂げた」と話し、涙を浮かべてVを喜んだ。

敗れた米国は、8回に一時同点となる2ラン本塁打を放ったブライス・ハーパーが試合後、歓喜に沸くベネズエラの選手たちの元に歩み寄った。握手をかわし「彼らは素晴らしい大会を戦ったし、ただ伝えたかった--おめでとう、と。彼らが世界一のチームだ」と話した。

野球はスポーツの試合だから勝敗はつくが、両国の選手同士には、何のわだかまりもないことが分かる。1次ラウンドで敗退した、チェコのハジム監督の言葉がよみがえる。「国同士の競争でも、野球は戦争ではない」。そして「野球が戦争の代わりになれば」。チェコの東隣はスロバキア。その東隣はウクライナだ。戦争は対岸の火事では済まないものだ。

スポーツの勝敗は、カタルシスとなる。第6回WBCの決勝は、強く感じさせるものとなった。【斎藤直樹】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「斎藤直樹のメジャーよもやま話」)