WBC取材が終わった。2月13日から1カ月とちょっと。宮崎強化合宿から始まり、名古屋、大阪、東京、そしてマイアミ。怒濤(どとう)の取材の日々を終えて帰宅した。ようやくありつけた日本のラーメンと納豆巻きのおいしさに感動し、まだ時差ぼけで頭がぼんやりしながらも、充実の日々を振り返る。
侍日記も休日以外はほとんど毎日執筆を続けることができた。今回で29回目。試合や練習の原稿をたくさん書いて私に侍日記を書く時間を与えてくれた侍ジャパン取材班の先輩、後輩たちには感謝しかない。
そもそもこの企画を始めたのはたくさんの理由があった。記事になる事柄と現場の雰囲気のちょうど間、記事にまではならないけど面白い、そんな合間を伝えたかった。あるいは権利関係で映像使用が厳しいルール下でもSNS投稿を続けるためでもあった。この原稿は動画方式でのブログという、いわゆる「Vlog」で再利用させてもらった。
そしてもう1つ。これからの時代、「主観」こそが我々メディアの価値になると思ったから。メディア人あるあるで「主観」を出すのは「ダサい」という風潮が多少なりともある。「記事」は取材される側が主役で、そこに書き手の意思が入りすぎると「自己主張が強い」記者だと言われることがある。実際、今回の企画も他社の記者に冗談交じりに「面白くないから早くやめれば?」と言われたことがある。それもよく理解できる。取材する上で主役は選手、記者は脇役であることは間違いない。
ただ、それだけではメディアが、記者が生き残れないと個人的に思う。海外の現場はメディアの人数がぐんと少なかった。マイアミなのに一番人数が多かったのは日本メディアだったのではないか。メジャー球団も番記者はせいぜい5、6人だという。私が日本で担当している巨人はスポーツ紙だけでも30人以上いる。海外記者はSNSをフル活用したり積極的に自らの意見を発信したり。日本とは異なる価値観で、記者の在り方について考えさせられる場面でもあった。
いまや世の中には情報があふれている。どれだけ取材して気持ちを込めて書いた記事も、取材せずに書いた記事も、ネット上に並べば扱いは一緒。ほとんど区別はつかずに埋もれてしまう。そんな状況で何を価値として届けるのか。「主観」や記者自身の「フィルター」もその1つではないかと感じた。WBC取材と「侍日記」はこれで一区切り。まだ答えは出ていないが、これからも模索していきたい。【小早川宗一郎】(おわり)

