【細田采花〈中〉】〝キーマカレー事件〟の米国合宿 間近で感じた高橋大輔のすごみ

日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週月曜日にフィギュアスケーターのルーツや支える人の信念に迫る「氷現者」をお届けしています。

シリーズ第59弾はコーチの細田采花さん(30)が登場します。現役時代は長光歌子コーチ(74)、濱田美栄コーチ(66)らの指導を受け、主に大阪を拠点に活動。23歳で臨んだ2018年の全日本選手権では大技トリプルアクセル(3回転半)をショートプログラム(SP)、フリーで計3本成功させて注目を集めました。

全3回の中編は高橋大輔さん(39)の背中を追った日々を振り返ります(本文敬称略)。

フィギュア

◆細田采花(ほそだ・あやか)1995年(平7)2月3日、大阪・吹田市生まれ。小学2年生の夏にスケートと出合い、3年生から本格的に始める。2012年の初出場から、全日本選手権には7年連続出場。プロ野球の阪神などで活躍した金本知憲氏のファン。2021―22年シーズン限りで現役引退し、現在は大阪・関空アイスアリーナを拠点に「関空スケート」のヘッドコーチを務める。155センチ。

関空スケートのヘッドコーチを務める細田采花さん(撮影・松本航)

関空スケートのヘッドコーチを務める細田采花さん(撮影・松本航)

「大ちゃん」

中学から高校生にかけての反抗期を脱するにあたり、大きな影響を与えてくれた人がいた。

1人は高校2年生の時、コーチだった濱田の元で陸上トレーニングを担当していた講師の存在。運動の負荷は高かったが、コミュニケーションで意欲をかきたててくれた。

シニア転向1季目だった2011―12年シーズンは西日本選手権11位。高校3年生となった翌12―13年シーズンに、西日本選手権の順位は同じながら、初めて全日本選手権に進出を決めた。

絶好調だった中学1年生から、5年が経過していた。

「全日本に出られたという喜びよりも、初めて大ちゃんと同じ舞台に立てた喜びの方が大きかったです」

高橋大輔。

憧れの人の名は2010年バンクーバー五輪銅メダル、世界選手権金メダルを経て、スケート界の外にも広く知られていた。

その背中を、ずっと追っていた。

2010年2月、バンクーバー五輪で銅メダルを獲得した高橋大輔は、日の丸を手に笑顔

2010年2月、バンクーバー五輪で銅メダルを獲得した高橋大輔は、日の丸を手に笑顔

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大学までラグビー部に所属。2013年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社。
プロ野球の阪神を2シーズン担当し、2015年11月から西日本の五輪競技やラグビーを担当。
2018年平昌冬季五輪(フィギュアスケートとショートトラック)、19年ラグビーW杯日本大会、21年東京五輪(マラソンなど札幌開催競技)を取材。
21年11月に東京本社へ異動し、フィギュアスケート、ラグビー、卓球、水泳などを担当。22年北京冬季五輪(フィギュアスケートやショートトラック)、23年ラグビーW杯フランス大会を取材。
身長は185センチ、体重は大学時代に届かなかった〝100キロの壁〟を突破。体形は激変したが、体脂肪率は計らないスタンス。