虎党、いや野球ファンの注目点はやはり佐藤輝明選手の動向でしょうか。この時点で契約未更改。動向と言っても現状、今季も阪神でプレーする以外の選択肢はないと思われます。

それでも過去に契約更改で示したように近い将来、ポスティング・システムによる大リーグ移籍を希望しており、それが今の契約未更改の状況に関係しているのでは、と予想されます。

だからと言うわけでもないのですが、最近、思い出すのがイチロー氏の言葉です。そのことを少しだけ書きたいと思います。

90年代にオリックス・ブルーウェーブでプレーしていたイチロー氏を連日のように取材していました。97年以降はメジャー挑戦への思いを聞くことも。そこで今でも忘れられない言葉があります。

「いくら行きたくても、ボクはああいう風には行けないんですよね」

日本の球団から大リーグ入りする明確な制度のなかった90年代半ばでしたが、すでに先駆者はいました。野茂英雄氏、伊良部秀輝さんという面々です。その後の彼らの活躍で見方はがらりと変わったのですが、当時、世間の見方は「ヒール(悪役)」でした。

所属球団をソデにし、大リーグ入りを強行する姿勢がそう映ったのです。イチロー氏がメジャー挑戦を意識したのは、ちょうどそういう時期。しかし彼には強引に出ていこうという考えはありませんでした。

自身のチームへの愛着、それ以上に地元・神戸のファンに対する思いがあったからです。「200安打」で一気に有名になった94年の翌年95年1月に阪神・淡路大震災が起こりました。

そのシーズン、イチロー氏擁するオリックスは「がんばろう神戸」の合言葉の元、パ・リーグを制しました。胸の熱くなるシーズンでした。そんな背景があって「ファンを落胆させるような形では行けない」という思いが強かったのです。

その後、制度化されたポスティング・システムにより、イチロー氏は2000年(平12)オフ、マリナーズ移籍をはたします。その時点までに95、96年の連覇、96年の日本一、個人としては7年連続首位打者の偉業を達成していました。そして大リーグ入り後は日本同様、あるいはそれ以上の活躍を見せ、大リーグの殿堂入りまでする存在になったのです。

最近では大谷翔平選手の人間離れした活躍もあり、メジャー熱は高まっています。そこで球団の了承が必要なポスティング・システムを強く要求し、それに続こうという選手が続々と生まれている状況は説明するまでもありません。

世の中は変わりました。ハッキリ言って当時のイチロー氏のような葛藤を持つ選手は少ない、と思われます。個人を尊重しようという世の中同様、あるいはそれ以上に球界も変わっています。単純に見て10倍はあるとされる日米球界の経済格差も拍車を掛けているかもしれません。日本球界復帰のやり方についての問題も残ります。

次のステップへの挑戦意欲を持つのはいいことでしょう。だが周囲、ファンが納得できるような形でそれを進められるかどうか。そこは大事だと思います。

正直、何が正しいのかは分かりません。それでも思い出されるのは、当時のイチロー氏の葛藤です。個人的にはあれがあったからこその活躍だったのでは…とも思っています。

そういうものを失ってしまって本当にいいのか。佐藤選手どうこうではありません。「時代遅れ」を覚悟で、昨今の状況にそんなことを考えてしまうのです。【編集委員・高原寿夫】

(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「高原のねごと」)

イチロー氏(2022年撮影)
イチロー氏(2022年撮影)