キース・ジャレットは日本でもっとも人気のあるジャズ・ピアニストだ。特にプログラムのいっさいない完全即興によるピアノ・ソロは独特のもので、78年の武道館公演では、このスタイルで1万2000人を動員している。
個人的には、劇中のセリフにもある「マイルス・デイビスのバンドにいた人」の印象の方が強かったが、大学生だった武道館公演当時、音楽好きの女子たちがジャレットのソロのすごさを熱く語っていたことを思い出す。時にリリカルなソロ演奏は女性好みの印象があった。
ジャレットが75年にリリースしたライブ盤「ザ・ケルン・コンサート」は、史上もっとも売れたジャズのソロ・アルバムである。「1975年のケルン・コンサート」(4月10日公開、イド・フルーク監督)は、このライブ収録が行われたケルン公演の裏側を描いている。
73年、ドイツ・ケルンで暮らす高校生のヴェラは毎夜ジャズクラブに通っている。ある夜、出演していた英国のサックス奏者ロニー・スコットと出会い、いきなりドイツでのライブツアーのブッキングを託される。妙に社交的で、彼の好みまで知り尽くした16歳のマニアに、ベテランの域に達したサックス奏者が可能性を見いだしたのだ。
ヴェラの無手勝流のブッキングが始まる。交渉に使ったのは終業後の父の歯科医院の電話。最初はうまくいかないが、持ち前の度胸でしだいにライブが決まり始める。この実績をきっかけに彼女の「エージェント活動」が始まる。
74年、ベルリン・ジャズ・フェスティバルに視察に訪れた彼女はキース・ジャレットのソロ演奏に衝撃を受け、ケルン歌劇場での公演を勝手に決意する。彼女のジャズ三昧に反対する家族から、曲折の末に前払い用の大金を借り、ようやく準備は整う。
だが当日、会場に用意されたのはジャレット指定の「ベーゼンドルファーのインペリアル」ではなく、リハ用の小型ピアノだった…。いかにして伝説のコンサートは実現したのか。ここでは詳述を避ける。
映画は、女子高生プロデューサーの奮闘秘話で引っ張る一方で、マネジャーや米音楽誌から派遣されたライターを交えながら、ジャレットの欧州ツアーの裏側も垣間見せる。
ピアニストは原則、現地のピアノを使用するので、すべて即興演奏のジャレットのソロツアーには機材も譜面もいらない。小型車を運転するマネジャーと助手席の本人だけの長距離移動だ。しかし、椎間板ヘルニアに悩むジャレットはなぜ、航空機を使わないのか。
「アメリカは商業主義の上に芸術が成り立っている。その点、ヨーロッパの聴衆は彼の演奏そのものにちゃんと向き合ってくれるから」。マネジャーはロックに押され、本国で下火となったジャズの苦境と、パフォーマーとしてのジャレットの思いをライターに明かす。レコード会社から送られてくる航空券を現金に換え、ツアー資金を補填(ほてん)しているとも。
サックス奏者のデクスター・ゴードンが主演した「ラウンド・ミッドナイト」(86年)をご覧になった方なら、金銭だけではない、そんなジャズマンとヨーロッパの聴衆の深いつながりを理解しやすいのではないかと思う。
ヴェラ役にはドイツでは子役からの人気者マラ・エムデ。この作品でもドイツ映画賞主演女優賞にノミネートされている。ジャレット役には「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(15年)が印象的だったジョン・マガロがふんしている。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)




