優勝した関脇霧島が、締め込みのまま優勝パレードを行った。時間が押した上、小雨が降っていたためで極めて珍しい。だが、過去にも例はある。
1959年夏場所で、横綱初代若乃花が締め込みのまま車に乗ってパレードした。当時の理由は、優勝するとは思わず紋付き羽織はかまを持ってきていなかったから。
若乃花は優勝賜杯を持ってオープンカーに乗り込み、横には若秩父、助手席には若三杉が陣取った。3人とも締め込みのまま花籠部屋に戻った。若乃花はそのまま、花籠親方(元幕内大ノ海)から水をつけてもらい、大銀杯で乾杯した。
この場所は14日目を終えて、横綱栃錦が14勝0敗で優勝争いの首位に立ち、横綱若乃花が13勝1敗で追う展開だった。千秋楽は直接対決で若乃花が勝って並び、優勝決定戦も制して、2場所ぶり6度目の優勝を果たした。十分に優勝の可能性を残して迎えた千秋楽だったが、本割と決定戦に連勝することは想像できなかったのかもしれない。
今よりも豪快でおおらかな時代のエピソードだ。

