ミラノ・コルティナ五輪が閉幕した。連日のメダルラッシュに沸いた日本勢は史上最多の24個(金5、銀7、銅12)のメダルを積み上げた。列島が「やったぞ! ニッポン」の感動と歓喜に包まれた17日間だった。勝利史上主義には反対だが、勝利を目指すことはスポーツの本質でもあるのだとあらためて思った。
メダルは多い方がいいに決まっている。でも国別メダル獲得ランキングを見て少し気になった。参加した92カ国・地域のうち、金メダルは上位20カ国に集中。60カ国以上が表彰台にも上がれなかったのだ。多様な背景を持つ選手が集う五輪は、国力の格差も明白にする。日本がメダルを量産できたのは、スポーツを謳歌(おうか)できる平和で豊かな国だからだ。それを忘れてはならない。
五輪は「時代を映す鏡」とも言われる。象徴的だったのが、スケルトン男子のメダル候補だったウクライナのウラジスラフ・ヘラスケビッチの失格処分。ロシアの侵攻で犠牲になった母国の選手らの肖像画が描かれたヘルメットをレースで着用しようとしたことが、国際オリンピック委員会(IOC)の規定に反すると判断された。
追悼ヘルメットの是非はともかく、彼の行動は今大会が戦時下の五輪であることをあらためて世界に知らしめた。今もロシアによるウクライナへの侵攻は続き、戦火は世界各地に広がっている。五輪は「平和な社会の推進」という理念のもとで開催される。IOCが「政治的中立」の建前に固執して、反戦への強いメッセージを発信できなかったのは大いに不満だった。
2年後の28年夏季大会は米ロサンゼルスで開催される。米国第一主義を掲げるトランプ政権は、五輪の理念とは対極の価値観を持つ。「平和の祭典」の真価が問われるのだ。IOCは今大会であぶり出された大きな宿題の答えを、原点に立ち戻ってしっかりと出して備える必要があるだろう。
閉会式では持てる国も、持てない国も、戦時下の国も入り交じり、選手も観客もみんなが笑っていた。どんな国でも人間に変わりないのだ。困難な世界情勢でも、国籍や人種の垣根を越えて世界中から集い、フェアに競い、笑ってたたえ合うことができた。よく考えるとこれは奇跡だ。分断の時代だからこそ五輪を続けていかなければならない。溶け合う笑顔を見ながら、そう思った。【首藤正徳】(終わり)(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)








