高市自民党が圧勝した衆院選から3週間。国会では予算委員会での26年度予算案審議が始まった。つい数カ月前までは、立憲民主党出身の枝野幸男氏が委員長として差配をしていた場所は、すっかり景色が変わった。自民党の委員が7割近く、質疑内容にざわつきが起きることはあっても、これまでは多く飛んでいた野党のヤジもほとんど飛ばず、出ても弱々しい。しんとした委員会室に、高市早苗首相の答弁の声が響くシーンが、何度もあった。
高市首相は1月27日の衆院選公示日、秋葉原の第一声で、予算委員会をはじめ重要な委員会の委員長ポストを野党が握っていることに強い不満を述べていた。「だからもう、今、勝負しなきゃ、せっかく高市内閣で政策を打ち出しても、実現できない。責任ある積極財政や危機管理投資も、これから審議される令和8年度予算に入っている。予算委員会で反対が出たら実現できない。私たちが出したい法律案も、委員長をほかの党が持っていたら実現できない」と述べ、重視する委員長ポストの与党奪還への強い思いを訴えていた。
2月27日に始まった予算委員会の空気に触れて、ああ、高市首相が欲しかったのはこれなんだなあと、あらためて実感した。
高市首相の意向を受け、「困難」とされてきた26年度予算案の年度内成立に向けて丁寧な議論を行うとして、予算委員会の質問は野党側に大部分の時間が割かれる見通し。初日に衆院野党第1会派の中道改革連合が質問に立ったが、7人中、立憲民主党出身は3人で公明出身者が4人。連立政権を組んでいた公明出身者の質問は、いわゆる「野党っぽい」感じではないし、また、立民時代は時の政権を舌鋒(ぜっぽう)鋭く追及した中道の長妻昭、後藤祐一両氏の質問もとげとげしさは影を潜め、どこかマイルドだった。
中道では、小川淳也代表だけが、高市首相のカタログギフト寄付問題に触れたが、冒頭に「私も総理にギフトを頂いたことがあります」と、首相との過去のギフトやりとり経験をぶっちゃけるなど、以前なら追及一辺倒となるような話題でもそんな雰囲気はなく、少数野党の悲哀を感じざるを得なかった。
その中道では2月28日、衆院選で落選した前職を対象に、「惜敗者ヒアリング」と題した意見聴取をオンラインで行った。約170人が参加し、5時間45分の間に35人が発言。昨年7月、石破茂政権下の参院選で議席を減らした自民党が開いた両院議員総会の4時間半より、長かった。中道の結党を決めた野田佳彦、斉藤鉄夫両前共同代表が何度も反省の弁を述べる中で、「党をなくした方がいい」と「解体」を求める声も出たという。終了後に取材に応じた階猛幹事長は「そもそも党を立ち上げたことへの不満や批判がもっと出ると思ったが、建設的な意見が多く、今後の党運営に生かせる内容がふんだんで、有意義なヒアリングだった」と述べたが、ある関係者は「そんな生やさしい話ではない。ヒアリングを行った後の対応が、いちばん大変だ」と口にした。
落選した候補の中で、今後も地元に事務所を構え、現職時と変わらない環境で次の機会に備えることができるのは「一握り」(永田町関係者)だ。秘書の再就職先を探し、自分の生活の食いぶちも探さないといけない。副業を探したり、知り合いのコネクションなどを使い金策などに奔走する元議員の姿を、これまでにも見てきた。ヒアリングでも資金への不安を訴える声が出たが、階氏は「政党交付金が入るのは4月で、それまで待ってほしい」と述べたそうだ。
選挙で大敗した政党に対するメッセージとしていつも思い出すのが、2009年衆院選で政権を失った自民党が2010年1月に行った党大会での野村克也さんの講演だ。プロ野球の監督として、人材を効果的に活用した弱小チームの再建を手掛けて「再生工場」と呼ばれた野村さんは、自身の経験をもとに「負ける時は負けるべくして負ける。私は常に勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなしと言っている。負けて反省はするが、勝って反省はあまりしない。そこにみなさんの落とし穴があるのではないか」と語り、「負けた場合は当然、敗因がある。弱いチームが強いチームを倒す時、まともにいっても勝てない。相手の弱点を具体的に見つけ徹底的に攻めるのが、弱者の戦術の基本」とも説いた。
「負けに不思議の負けなし」は一般にも広く知られた言葉だが、「弱者の戦術の基本」とともに、政治の世界にもぴったり当てはまると、当時、納得の声を与野党の関係者から聴いた記憶がある。当時、その助言を授けられた自民党はその後、政権を取り戻し、少数与党の時間を経て今、国会はすっかり「高市1強」の体制になった。
野村さんの言葉を借りれば与野党ともにこれから何をすべきか、国会での活動すべてが「生きた教材」になるはずなのだが。この先はどんな展開が待ち受けるのだろう。【中山知子】


