終活コーディネーターの吉原友美さんが終活について語る連載「未来へつなぐ 人生のしまいかた」。
終活の話題は親が元気なうちは「まだ早い」と流されがちでも、いざ物忘れが増えたり、同じ話を繰り返すようになったりし始めると、家族は親の想いを確かめる術を見失ってしまい、大きな不安に駆られます。今回は法律論ではなく、こうした現場で繰り返し起きているリアルな困りごとの実態と、家族がいざというときの後悔を減らすために今日からできる備えを整理します。
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「元気なうちは親自身も『まだ早い』と取り合ってくれなかったのに、最近物忘れが増えてきて……急にこの先が怖くなりました」。終活の現場では、こうした切実な声を多く聞きます。
終活というと、遺言書や断捨離など「やるべき作業」に目が向きがちです。しかし、実際に家族が困り始めるのは、その前段階であることが少なくありません。
親の判断能力が揺らぎ始めたとき、家族が「親の本当の想い」を確認できないまま、分からないことだけが増えていく。「何が正解かわからない」という霧の中に取り残されてしまうところに、深い不安が生まれます。
認知症や老いによる衰えは、ある日突然、一気に進むものではありません。グラデーションのように進み、気づいたときにはすでに「話し合うこと」そのものが難しくなっている場合があります。
■「希望」が共有できないまま時間だけが過ぎる怖さ
「父は昔気質で、自分の死後のことなんて『縁起でもない』と話したがらなかったんです」。そう話すのは、先日お父さまを見送られた50代の女性、鈴木みさこさん(仮名)です。
鈴木さんのお父さまは認知症と診断されてから約3年で亡くなりました。発症前に何度か話し合いを試みたものの、結局うやむやなまま意思疎通が難しくなっていったといいます。
お別れの時に家族を襲ったのは、「正解のないクイズ」を短期間で解き続けるような負担でした。
まず直面したのが葬儀です。親戚からは「立派に送ってあげなさい」と言われる一方で、娘である鈴木さんには「父は派手なことを嫌っていた」という記憶がありました。しかし、それを裏付ける記録もメモもありません。
「地味にして惨めだと思われたらどうしよう。でも派手にして父の想いに合わないものになったら……」。結局、周囲の意見に流される形で大きな葬儀を行い、今も「あれで本当によかったのか」と胸につかえるものが残っているそうです。
次に家族を疲弊させたのが書類探しでした。多くの人は、大切なものだからこそ誰にもとられないようにと、通帳や証書をタンスの奥や冷蔵庫の中などに隠してしまいます。特に認知症が進行している段階では、そうした行動がよく見られるようです。
鈴木さんのケースでも、入院費の支払い段階になって年金手帳や保険証書が見つからず、家探しだけで数週間を費やしました。介護で疲れている家族にとって、どこにあるか分からない大事な物を探す行為はそれ自体が大きな重荷になります。
■「分からないこと」が悲嘆をより深くする
グリーフケア士として強調したいのは、こうした準備不足が残された家族の悲しみに影を落としやすい点です。親が亡くなった直後の混乱の中で、「親の希望が分からない」という状態は自責の念につながりやすくなります。「もっと早く聞いておけばよかった」、「あの判断は間違っていたのではないか」。こうした後悔は、故人を穏やかに偲ぶ時間を奪います。
親が元気なうちに情報を整理し、意思を確認しておくことは、単なる事務処理の効率化ではありません。将来、家族が「これでよかったんだ」と納得して見送れるようにするための備えでもあります。
■親に兆しが見えたときの「今日からできる備え」
では、親に認知症の兆しが見え始めたとき、家族は何をすればよいのでしょうか。家庭で無理なく取り組める備えを、3つのポイントに整理します。
【POINT1:「つぶやき」を拾い、残しておく】
エンディングノートを無理に書いてもらおうとすると、拒まれることがあります。おすすめしたいのは、日常会話の中の「つぶやき」を拾って、メモしておくことです。
・テレビの葬儀シーンを見て「ああいう大げさなのは嫌だなあ」と言った
・帰省したときに「やっぱり故郷の菩提(ぼだい)寺の風景は落ち着くな」と話した
・延命治療のニュースを見て「無理に長引かせるより自然に任せたいな」と漏らした
こうした一言が、将来の判断の指針になります。スマホに「父の言葉メモ」として短く残すだけでも、いざというときの家族の迷いは軽くなります。
【POINT2:「重要書類はここ」を一つだけ決める】
整理が苦手な親に、完璧な財産目録を作っておくよう求めるのはハードルが高いです。そこで、「何かあったらここを見る」という重要書類ボックスや引き出しを一つだけ決めてください。
中身がきれいに整っていなくても構いません。通帳、保険証書、年金手帳など、重要そうなものはとにかくそこに入れるというルールだけを共有する。ルールを一つに絞ることがポイントです。「私が困らないために、これだけはここに入れて」と伝えるだけで、いざという時の“宝探し”の労力は大きく減ります。
【POINT3:『死後の話』を「これからの安心」の話に置き換える】
「死後のこと」を正面から切り出すと、拒否反応が出ることがあります。代わりに「これからの人生をどう心地よく過ごすか」という視点で話してみてください。たとえば、将来介護をするうえで必要だからと聞くのではなく、「好きな音楽を聴いて過ごしてほしいから、好きな曲を教えてほしい」、「作ってくれる卵焼きの味を忘れたくないからレシピを教えてほしい」というように聞き方を変えてみてください。
こうした会話は親の尊厳を守りながら、最終的に「親自身がどんな最期を望んでいるか」という深い希望を聞き出すことにもつながっていきます。
■「想いを知っている」ことが家族の支えになる
終活で大切なのは、立派な書類を作ることだけではありません。「家族がお互いの想いを知っている」という安心感を、少しずつ積み上げることです。
認知症の診断を受けたとしても、すぐにすべてが分からなくなるわけではありません。言葉での意思疎通が難しくなっても、好きな音楽や匂いなど、その人らしさを家族が知っていれば、尊厳あるケアを選びやすくなります。
「どうしよう」と一人で抱え込まず、会話の中で、ひとつだけでも希望や大事な情報を確かめてみてください。その一歩が、将来のあなたと家族の心を支える備えになります。
(記事は2026年2月1日時点の情報に基づいています)
◆吉原友美(終活コーディネーター/グリーフケア士)東上セレモサービス常務取締役/一般社団法人ライフ・パートナーズ理事
14年以上にわたり累計2万5千人以上が参加する終活セミナーを開催。自身の家族を早くに亡くした経験から、死生観を育てて生きることの大切さを伝えている。終活には死生観への気づきが欠かせないとの思いから、絵本を用いて人生や死を考えるきっかけを届けている。最新の終活事情や葬儀・お墓・相続についてもわかりやすく解説し、多くの支持を集めている。グリーフケア士の資格を持ち、悲しみに寄り添う活動も続けている。



