スポーツビジネスの最前線を解説する、戦略コンサルティングファーム「FIELD MANAGEMENT STRATEGY」幹部による不定期コラム。第3回目の今回は、スポーツ、エンターテインメント領域で戦略立案などを専門としてきた同社の木全大地マネージング・ディレクターです。スポーツの会場運営と、そのあり方について記します。

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【建設ラッシュはアリーナの未来を決める「最後の機会」】2025年、日本各地で1万人規模の大型アリーナが相次いで開業した。神戸の「ジーライオンアリーナ神戸」、名古屋の「IGアリーナ」、東京・お台場の「トヨタアリーナ東京」-。

建物が立ち上がるだけで、地域は自動的に潤う。そう信じたい気持ちは分かる。だが現実は逆だ。ハードの完成は「序章」に過ぎず、勝負は最初の段階で経営というソフトを入れられるかで決まる。いまの建設ラッシュは、スポーツ・エンタメを成長エンジンに転換する好機であると同時に、ビジネスの設計を誤れば「稼げない資産」を量産する分岐点でもある。

【アリーナは「箱」ではなく「経営OS」で稼ぐ】

結論は一つ。日本のアリーナは「公共施設の管理」から脱し、体験価値を収益化する“経営OS”へ転換しなければ稼げない。筆者は自治体や運営会社、リーグ・興行主、スポンサー企業、配信・メディア事業者の利害を跨いで現場を見てきたが、課題は運営ノウハウの不足ではなくビジネスの構造にある。具体的には、制度と収益設計とパートナーシップ思想を同時に更新しない限り、どれほど立派な器でも回らない。

【稼げない原因は「制度・設計・思想」の三重苦】

構造的な問題としてまず制度がある。日本では多くのアリーナが自治体主導の指定管理者制度の下にあり、仕様が固定化され、民間の運営者に支払われる報酬がコスト積算型になりやすい。その結果、運営者の「もっと稼ごう」という投資と創意工夫のインセンティブがそがれる。欧米で主流のコンセッション方式のように、運営者に長期の運営権と投資回収の裁量が与えられる設計と対照的だ。

二つ目が収益設計。日本の座席販売は「観戦する権利」の販売にとどまり、法人接待や富裕層の需要を取り込む“別な体験”の戦略的商品化が遅れている。

さらに、「稼ぐ」の定義を広げる視点も重要だ。チケットや飲食・物販などの直接収益だけでなく、命名権やデータ活用などの二次収益、さらに観光・消費や都市ブランドといった波及効果に至るまで、アリーナを取り巻くマネタイズポイントは多様である。ところが現状は、施設利用料など単一の収益源に依存しがちで、価値の“上階”を取り逃している。ここが変わらないと、地域は「イベントがある日だけにぎわう」から先へ進めない。象徴的なのは、魅力的なコンテンツがもたらす波及効果の大きさである。海外スポーツにおける日本人選手の活躍が、放送権や観戦ツアーを含めて地域・産業に波及する例は示唆的だ。数字の大小より、施設が地域経済を潤す“触媒”になり得るという事実が重要である。

三つ目がパートナーシップ思想である。前提として、多くのアリーナは、自治体や運営事業者だけでなく、複数の企業による協賛やパートナーシップによって支えられている。このような企業の命名権やスポンサーを単発の広告枠として扱うと、二次収益の伸びしろを自ら閉じることになる。パートナー企業の技術やサービスを体験に埋め込み、施設価値を共創する発想が欠けがちだ。

加えて見落とされがちなのが、館のオペレーターと借り手(主催者・ホームチーム・プロモーター等)の利益相反である。オペレーターは稼働率や館全体の粗利最大化を優先し、VIPルームやラウンジの価値を上げるために、本番日以外の時間帯にも空間を開放し、企業利用やファン向け体験、コミュニティー施策に転用したい。しかし借り手側は、仕込みやリハーサル、機材搬入などの都合から「会場は閉じたまま確保したい」と主張しやすい。同様に、オペレーターがサイネージや映像設備など大型の収益投資を行い、スポンサー価値と二次収益を拡張したいと思っても、借り手は「座席がつぶれる」「演出や視界に影響する」として投資を嫌がる局面が起きる。ここでオペレーターが“貸すこと”に集中し、借り手の都合を丸のみすると、投資によって生まれる収益機会は立ち上がらない。日本のアリーナ運営で手が打てていないのは、まさにこの交渉と条件設計の領域である。海外では、コンサートであってもVIPルームのホルダーが一般客より早く入場し、選手のアップを静かな環境で見ることができるなど、試合前の様子や仕込み・リハーサルを“特別体験”として商品に組み込む例がある。つまり、オペレーターはプロモーターや借り手と交渉し、『借り手の運営を損なわずに、施設の投資回収と体験価値を最大化する』境界条件を設計している。

日本でも、契約の段階で<1>開放可能時間の定義(仕込み期間の細分化とゾーニング)、<2>投資設備の優先利用権と代替導線、<3>付帯収益(飲食・物販・サイネージ・スポンサー)の権利配分、<4>特別体験の実施可否と販売主体を明確にし、共同KPIで“同じゴール”を見る設計に改める必要がある。

ここでも、受動的な「施設維持管理」マインドは、事業開発や国際的なパートナーシップ構築を阻害する。背景には、グローバル取引を担える人材不足という構造課題もある。そして来場体験が分断され、チケット購入と入場で関係が途切れると、顧客データが蓄積できず、二次収益の源泉が育たない。

【世界は「多目的×ホスピタリティ×データ」で収益を積み上げる】

世界では、スタジアム・アリーナは都市開発の中核となる“億ドル規模”の多目的施設へ進化している。アメリカのSoFiスタジアムやイギリスのトッテナム・ホットスパー・スタジアムが象徴するのは、特定スポーツへの依存からの脱却だ。最新鋭設備と高度なホスピタリティを武器に、コンサートや企業イベントなどを積極誘致し、高い稼働率をつくる。

収益設計も複層的である。SoFiには年間契約で販売される「Suites」と、試合日限定で販売される「Club Seats」があり、運営主体とホームチームがそれぞれ異なる顧客の予算を取りにいく。これが客単価を押し上げる。二次収益の設計では、命名権を単なる露出にしない。命名権や特定席種へのブランド冠は、テクノロジーとブランドをプレミアム体験に組み込み、施設価値そのものを上げる戦略的パートナーシップである。

加えて世界では、競争の軸が「スペック」から「体験」に移っている。参加者はインタラクティブ性、ネットワーキング、パーソナライズを求めるという指摘もある。これはアリーナが単なる「場所」ではなく、記憶に残る“物語の舞台”として設計されるべきだという示唆につながる。

【日本が実装すべき「経営OS」4モジュール】

では日本は何を変えるべきか。主張は増やさない。変えるべきは“OS”であり、その更新は4つのモジュールに整理できる。

第一に「権限とインセンティブ」。新設・改修の運営方式は、コンセッション方式を標準に据え、民間が長期で投資・運営を一体最適できる環境を整える。指標は導入率や黒字化の達成割合でよい。

第二に「商品設計と空間設計」。多階層のVIPルーム、クラブシート、専用ラウンジを必須仕様として設計段階から織り込み、運営主体とホームチームがそれぞれ販売できるプレミアム空間を持つ。プレミアム席比率やARPUをKPIとして管理する。

第三に「非試合日の収益化」。最大の鍵は、スポーツイベントがない日を稼ぐことだ。アリーナを単なる競技施設から、多様な目的で人が集うデスティネーションへ再定義する。コンサート、eスポーツ、MICEを誘致し、年間を通じた“体験ハブ”にする。測るべきはイベント数ではなく、年間稼働率と非試合日イベント収益比率である。

第四に「共創型パートナーシップと周辺価値」。命名権を広告枠から長期の共創へ再定義し、体験プログラムやサービスにパートナー名を冠する多元的な権利設計を進める。同時に、周辺の商業・ホテル・交通と一体で“アリーナ・ディストリクト”を構想し、来場者消費を地域へ波及させる。

この4つを束ねる基盤がデジタルである。

これまで日本の多くの会場では、『誰がベニューに来る予定かを会場側が把握していない』ことが当たり前だった。しかしこれは収益以前に、安全面から相当のリスクである。誰が、いつ、どれだけ来るか分からないのだから、人流設計、警備、導線、緊急時対応の精度が上がらない。加えて収益性の観点でも致命的だ。来場者の属性や購買傾向を予測できなければ、飲食・物販の在庫やメニュー、配置、人員計画を最適化できず、機会損失が積み上がる。

海外では、例えばニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン(MSG)が、来訪者データを前提に需要を予測し、メニューやオペレーションを柔軟に変えることで、取引量と満足度を同時に最大化する発想が浸透している。チケットから飲食・物販の事前注文、パーソナライズされた情報提供までをワンストップで提供する公式アプリは、利便性のためだけでなく、安心安全と収益の両方を支える“運営インフラ”である。

体験対効果(ROE)を可視化し、スポンサーやパートナーへ新たな価値を提示できれば、二次収益の柱が立つ。鍵はアクティブユーザーとLTVである。

そしてサステナビリティは、新たな付加価値になり得る。参加型で可視化できる仕掛けを取り込み、ESGを重視する企業とのエンゲージメントを深めるべきだ。

【最初の90日で、誰が何を決めるか】

改革は理念で終わりやすい。だから最初の90日を設計する。国ではPFI推進室、スポーツ庁、経産省、国交省が連携し、アリーナ改革のタスクフォースを組成する。最初の30日は、海外の先進運営者や投資家を招いた場で、コンセッションの事業性を共有し、公共施設マインドを揺さぶる。次の30日は、日本市場向けの標準モデル契約書と事業性評価ガイドラインを公開し、自治体と事業者の検討コストを下げる。最後の30日は、モデル事業を選び、ハンズオン支援で早期の成功例をつくる。

民間側も手を動かすべきだ。運営主体、ホームチーム、自治体の経済・観光部局、交通・宿泊など地域企業で「アリーナ価値創造タスクフォース」を組成し、現状診断と目標設定から始める。ここで重要なのは、完璧な計画を待たず、90日以内に着手できる施策を一つ選び、パイロットとして小さく成功させることだ。

【地方だから、日本だから「無理」は誤解である】

よくある反論は二つある。第一に「地方では投資回収できない」。だが重要なのは規模ではなく原則だ。地方こそ、試合だけでなくコンサート、展示会、企業催事、地域の祭りなど多目的利用で稼働率を上げる余地がある。目指すべきは巨大施設の模倣ではなく、その市場規模で持続可能な黒字モデルである。

第二に「日本では高額のマネタイズは難しい」。だが、そもそもマネタイズを従来の貸館収入やスポンサー収入に限定する前提自体が誤っている。VIPルームのようなプレミアムプロダクトの設計と販売、館自らが企画して行う自主興行、非試合日のコミュニティーイベントや企業向け体験販売など、収益機会は複線化できる。たしかに、昭和から続くライブエンターテインメントの常識--『会場は借り手が主役で、館は貸すだけ』--を前提にすれば無理にも思える。だが、まさにこのビジネスモデルの進化こそ考えなければならない。

そして最大の壁は、トラックレコード(過去実績)だけでは正当化できない新しい挑戦を、どう社会実装するかである。行政は制度とリスク分担の枠組みを整え、民間は投資と運営の仮説を小さく検証し、成功確度を上げながら拡張する。『前例がないからやらない』ではなく、『前例をつくるための設計』を持つことが、今の日本に求められている。

【ハードは序章、いま“経営”を実装せよ】

新しいアリーナは「箱モノ」で終わるのか、地域経済をけん引する「稼ぐエンジン」になるのか。分かれ目は、公共施設マインドを断ち切り、民間主導で体験価値を最大化する経営へかじを切れるかだ。読後に残したい具体アクションは5つである。

<1>運営権限と投資回収の設計をコンセッションへ寄せる

<2>プレミアム空間と商品設計を最初から入れる。

<3>非試合日を「目的地」として稼ぐKPIを置く。

<4>命名権・スポンサーを共創の長期契約に転換し、ディストリクトで波及効果を事業化する。

<5>体験・データ・サステナビリティを“サービス”として実装する。

建設ラッシュを成長エンジンに変えるか、稼げない資産を積み上げるか。いま必要なのは、次の建設計画ではない。すでに立ち上がる器に、経営という魂を入れる決断である。

◆木全大地(きまた・だいち)1984年(昭59)栃木県生まれ。株式会社FIELD MANAGEMENT STRATEGY(FMS)マネージング・ディレクター。スポーツ・エンターテインメント業界を中心に、戦略立案、デジタルマーケティング、DX、グローバルオペレーションモデル設計を専門とする。日本におけるベニュー事業の黎明(れいめい)期より、クライアントと伴走しながら複数のアリーナの立ち上げおよび成長に携わってきた。会場運営にとどまらず、アリーナの競争力強化を目的としたコンテンツ・IP戦略、パートナー/協賛設計、ファン体験設計、収益化およびオペレーション構築まで一気通貫で支援を行っている。