定年により赤嶺本浩調教師(72)が引退する。今日27日の大井8Rが最後の出走だが「もう定年か、という感じ」と元気。レース後には騎手時代の勝負服を着て記念撮影を行う予定だ。

名古屋で生まれ、大阪で育った。キャリアは栗東の内藤繁春厩舎での下乗りから。きっかけは中学時代に父が京都競馬場の配管工事に携わっていたため。当時は厩舎が競馬場にあり、父とともに場内にいた時に同厩舎の厩務員から声をかけられたのが縁だった。馬事公苑の短期講習生となり、中央の騎手を目指したが、2回の講習を受けたところで断念。しばらく馬から離れた。それでもやはり騎手になろうと思い、大井で栗田武厩舎に入り、一発試験に1回で合格したという。

75年に21歳でデビュー。重賞初制覇となった80年の東京盃は7頭立て5番人気のカオルダケでのレコード勝ち。この大井1200メートルの記録は11年まで破られなかった。「C1からの挑戦で、調教もしたことのないテン乗り。51キロで乗るのも大変だった。逃げたけど、重賞を勝っていた馬もいたから、勝てるとは思っていなかった」と懐かしんだ。

丸16年で651勝を挙げ、91年に37歳で調教師となった。92年の初出走から34年、昨日までに740勝。なかでも特別な1勝が98年2月4日の大井5Rだという。「河内とか山内が(馬事公苑の)同期で、河内とは大井の招待競走で一緒に乗って勝ったこともあるけど、調教師になってから河内が来た時に乗せて勝った」。中央の河内騎手が山内厩舎のオレンジピールで参戦したTCK女王盃の当日、1番人気のレオトレジャーの鞍上を託した。

引退後は「自分の管理馬がいろいろなところに行くから、それを見に来ようかなと」。外から応援していきたいという。【牛山基康】